フートー競馬場 その1 〜さらにベトナム競馬へ〜 そこに競馬があるから 忍者ブログ
日本国内、海外の競馬場の訪問記です。こんなことしてていいのかなあ。でもやめられない。

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Thành phố Hồ Chí Minh
ホーチミン市中心部。これで海外の競馬場をご紹介するのは5カ国目になりますかね。



 前回までのペナン競馬場レポートにつづき、海外競馬場をご紹介します。もう少し海外を消化してから、国内の競馬場に戻りたいと思いますので、少々ご辛抱ください。


 ちなみに今回より、実験的試みでフリッカーにアップロードした写真を使いながらレポートしていくことにしております。これまでブログの容量に合わせるために画像の質を落としてアップロードしていたのですが、趣味でフリッカーを使っているので、どうせならこちらに保存してある写真をたくさん、美しく掲載したほうがいいのではないかという判断のもとで、切り替えてみる事にしました。


 ちなみにフリッカーには趣味で撮っている競馬以外の写真もあるので、興味があれば覗いてみてください。


 さて、関係ない話を挟みましたが、今回よりご紹介するのは、同じ東南アジアのベトナムにあるフートー競馬場でございます...







 さて、いきなりベトナムのフートー競馬場ということを申し上げましたが、普通の皆さんであればそんな競馬場はまったく聞いた事がないだろうと思いますので、例によってフートー競馬場について予備知識を述べさせていただきます。



Chợ Xưa



 今回ご紹介するフートー競馬場はベトナム南部の中心都市、ホーチミン市にある競馬場だ。


 ホーチミン市にフートーという地区があり、そこにあるからフートー競馬場となっているのであろう。東京における大井競馬場みたいなものですな。



 現地表記だと Trường đua Phú Thọ となる(文字化けするかな?)。これを日本語表記すると、「プトー競馬場」とするところもあれば「フート競馬場」「フートゥ競馬場」などいろいろな方法があって、どれが正しいということもないのだが、ここではウィキペディアに準じて「フートー競馬場」で統一することにする。


 ちなみに荷桁が現地でタクシーの運ちゃんの発音を聞いたところでは「フートゥ」が一番近い感じに聞こえた。


 
 歴史的な話をしておくと、このホーチミンの地で競馬が行われるようになったきっかけは、ベトナムがフランスの植民地になったところまで遡る。


 19世紀末〜20世紀の初頭に、ベトナムのハノイとホーチミンにおいて、フランス人の上流階級を中心メンバーに、競馬場と競走の整備が行われたのがきっかけだ。それ以来、フランス人上流階級の日曜日の娯楽として脈々と競馬が行われるようになったのである。



 第一次世界大戦での中止を挟んだりはしたものの、競馬は開催され続け、次第に近隣の住民も巻き込んだ、大きな娯楽になってきたとされている。フートー競馬場は1920年頃にフートーの地にオープンし、ホーチミンにおける競馬の中心地となった。



 その後第二次世界大戦で日本軍がフランス植民地政府を倒すなどのごたごたで、ハノイの競馬場が閉鎖。フートー競馬場も同時期に閉鎖されるが、後にベトナム人による運営のもとで復活。ベトナム戦争中でも開催するなど驚異的な気合いでもって開催され続けていたが、さすがに1975年のサイゴン陥落で社会主義政権が発足して、競馬場は閉鎖。運営団体は解散させられる憂き目にあう。



 中国でもそうだが、社会主義国では賭博は大体御法度なので、フートーでも跡地はただのスポーツセンター的なものとして使われることにあいなったのである(いまもスポーツ施設は残っている)。


 しかし、1986年以降のドイモイ政策により、社会主義国ながらも、いろいろと経済的な自由化や規制緩和が進むこととなった(ドイモイがよく分からんという方はウィキかなんかで調べてください。ベトナムを語る上でなくてはならない知識なので・・・)。ベトナムは経済活動の活発な成長国へとうまく舵が切られたのである。



Chợ Lớn
ホーチミン市内の食品市場の裏手。活発な経済活動をしているのは分かるが、ちと活発すぎ。



 その流れで1989年、政府の主導により、ホーチミン市スポーツ振興課というお役所を運営母体に、競馬が復活することとなったのである。



 復活当初はトータリゼーターシステムも貧弱で、人気の馬券が売り切れるなどのことが日常茶飯時的に起こっていたらしいのだが(このあたりの様子は梅林敏彦氏の著作「競馬があるから旅に出る」に詳しい)、近年は馬券発売も機械化され、一応それっぽい競馬が行われている状態である。



 以上が、フートー競馬場のざっくりとした概要と歴史だ。



 ベトナム戦争中も競馬が行われて、なおかつ、政策の変化と共に不死鳥のように蘇ったフートー競馬場。ベトナムのオヤジたちもかなり情熱的に競馬が好きなようで、やれやれ仲良くできそうな国民性である。



 それもそのはずというか、ベトナムの中でもホーチミン市は競馬大好きとして知られる華人がかなりの割合で住んでいるのである。その中でもフートー競馬場に近いエリアは華人街になっており、熱烈なファンを抱えているのである。このあたり妙に納得だ。




 さて、字ばかりになってしまいましたが、今回からのレポートはそんなフートー競馬場に訪れたときの様子をご紹介して行きたいとおもいます。


 訪問したのは2010年の夏のこと。



 以前より、海外競馬好きならとりあえずベトナムの競馬はおもしろいよ!という噂は聞いていたので、是非行きたいと思っていたのに加え、ベトナムという国にも行ってみたいなあと思っていたので、思い立ってすぐ行動してしまったのである。



 旅行代理店の中には現地でのオプショナルツアーで観戦ツアーをやっているところもあるようだったが、やはり自力で行った方がおもしろいだろうということで、ひとまずホーチミン市に飛んでみることにした。



 次回以降、たっぷりフートー競馬場についてご紹介してまいります・・・





>>フートー競馬場レポートその2へ





*この競馬場が好きな方はこちらの競馬場もお好きだと思われます。

 ペナン競馬場 その1 ~再びマレーシア競馬へ~
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*フートー競馬場に関する記事は以下にもあります。

 フートー競馬場 その1 〜さらにベトナム競馬へ〜
 フートー競馬場 その2 〜ホーチミンという街〜
 フートー競馬場 その3 〜こんな競馬もあるものよ〜
 フートー競馬場 その4 〜ちいさい馬にちいさい騎手〜
 フートー競馬場 その5 〜いざパドックへ〜
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 フートー競馬場 その14 〜フートー競馬場の「モノ」たち〜
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 フートー競馬場 その16 〜スコール決行〜
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