ロイヤルターフクラブ競馬場 その4 ~「タイ人」の競馬場~ そこに競馬があるから 忍者ブログ
日本国内、海外の競馬場の訪問記です。こんなことしてていいのかなあ。でもやめられない。

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ロイヤルターフクラブ競馬場
ロイヤルターフクラブ競馬場



*ロイヤルターフクラブ競馬場レポートの続編です。
初めからお読みになる方はロイヤルターフクラブ競馬場レポートその1からどうぞ。





 どうも。荷桁です。



 本日もバンコクはロイヤルターフクラブ競馬場レポートでございます。さて。そんなこんなあって、JAIRSさんのお力も借りながら、ようやく競馬場にたどり着けましたので、いよいよ競馬場に踏み込んでまいりたいと思います。



 とりあえず、門のところはオープンになっていて敷地に入る段階で入場料を取られるという感じの競馬場ではなさそうだ。とりあえず、いつもどおり門のあたりからウロウロしまして、徐々に中に入ってまいりたいと思います...


ロイヤルターフクラブ競馬場の門



 さて。まずはロイヤルターフクラブの立派な門から見ることにしよう。タイ語なのでサッパリ分からないが、とりあえず英語に翻訳してみると「The Royal Turf Club of Thailand under Royal Patronage」となるようである。日本的に言うと「王立・タイロイヤル競馬倶楽部」っつー感じであろうか。まあとにかく王室がらみの施設であるっつーことがバーンと書かれているわけですな。文字の上には丸い紋章のようなマークもあって何ともカッコいいぜ。




ロイヤルターフクラブ競馬場の歴史



 横にはロイヤルターフクラブ競馬場の歴史をざっくり解説した看板もあった。せっかく英語が併記されているのにしょうもない落書きなんてしやがってコンチクショウ。



 この看板に書いてあることと、ウィキペディアの記述を参考にざっくりこの競馬場の歴史をまとめておこう。



 そもそも欧米の植民地ではなかったタイで競馬が始まった理由は何なのか、ということなのだが、それはラーマ5世という王様の時代までさかのぼる。



 ラーマ5世は1853年に生まれると、1868年には15歳で国王に即位した。ところが、その当時東南アジアはマレーシアはイギリスに、ベトナムはフランスにといった具合にヨーロッパ列強に支配されている国が多かったため、ラーマ5世は精力的に海外を見て回り、タイの近代化に取り組んだ。結果として近代化は成功し、タイは欧米列強に支配されることなく、独立を保ち、現在までも脈々と王室とともに国が続いているという訳なのだ。



 さて。そんな流れの中、1890年にタイに駐在していたイギリス人駐在員がバンコクに競馬場を作りたいということを言いだした。その理由までは調べきれなかったが、タイにも西洋っぽい社交の場がほしいと思ったとかそんなとこだと想像する。結局この申請はOKということになり、1892年にバンコクの現在のパトゥムワン区でタイで初めての競馬が始まったのだが、このクラブはあまり長続きせず数年で競馬は終わってしまったようだ。



 ところが、1901年にロシア総領事を中心とする外国人やタイ人のグループが再び競馬場の建設を作りたいと王室に申し出た。ちょうどラーマ5世もヨーロッパを巡り競馬そのものに知見があり、その視察に同行していたメンバーも設立グループに入っていたこともあってか、この計画もすんなりOKが出て、同年に先ほどのなくなった競馬場の跡地を利用する形で「ロイヤルバンコクスポーツクラブ」というクラブが設立されタイで本格的な競馬が始まった。実はこのロイヤルバンコクスポーツクラブは現在も存続しており、そこがタイで最も古い競馬場ということになっている。



 なんやかんやそんな流れで始まったタイの競馬だったが、ロイヤルバンコクスポーツクラブはあくまで白人コミュニティーの社交の場としての機能をメインに求められていたため、競馬以外にもゴルフやラグビー、クリケットなど様々なスポーツに力を入れていて、競馬の賞金を削ってそっちにお金を割くようになっていったようなのである。そうすると、もっとちゃんと競馬やろうぜーという人が出てくるもので、2人のタイ人メンバーが王室に「新しい競馬クラブを作らせてくれ」と嘆願するに至ったのである。



 この時の王様は先ほどのラーマ5世の子どもであるラーマ6世。奇しくもこのラーマ6世は皇太子時代の1893年から1906年まで英国に留学し、ビクトリア女王や英国王室とも交流があったため、競馬もよく知っている王様だったのだ。結果、この新しい競馬クラブの設立もアッサリOKとなり、王室の後援を受け、王室所有の土地に建設される形で1916年にバンコクで二つ目の競馬場がオープンした。それが今回訪問するロイヤルターフクラブ競馬場なのである。設立こそロイヤルバンコクスポーツクラブの方が早いが、王室との結びつきという意味ではロイヤルターフクラブの方が強いという感じなのだ。



 クラブのメンバーもロイヤルターフクラブはタイ人中心、ロイヤルバンコクスポーツクラブは白人中心という棲み分けが為されたため、バンコクでも前者は「タイ人の競馬場」、後者は「ファラン(白人)の競馬場」と呼ばれていたようだ。なんでバンコク市街地の比較的近いところに二つの競馬場があるんだ?と思われていた方もいるかもしれないが、それはこんな経緯があるのである。



 こうして1916年に設立されたロイヤルターフクラブ競馬場は、当初こそ一部富裕層や外国人向けの娯楽であったが、世界の他の競馬場がそうなったように、徐々に大衆の娯楽として定着し、20世紀を通して人気を博すこととなった。ところが徐々に売り上げが減少。パタヤなどの観光地に移転するかという話も出るが、資金面から断念。その後も売り上げは落ち、結局、王室の財産を管理する団体とのリース契約が切れる2018年9月のタイミングでの閉鎖となってしまったのだ。そんで、その閉鎖の情報を聞きつけて、荷桁がわざわざ見に来たと、こういう流れなのである。クラブ自体は解散していないようなので、他の競馬場を借りてやるか、新しく競馬場を作るなどすれば競馬はできるようなのだが、執筆時点ではそのような話は出ていないようだ。



 さて。字ばかりになってしまったが、以上が非常にざっくりしたロイヤルターフクラブ競馬場の歴史である。頭に叩き込んでいただく必要はないが、何となくそういう経緯でできたっつー競馬場だということだけ覚えておいてください。




ロイヤルターフクラブ競馬場にバイクで乗り付ける人々



 さて。そんな歴史ある競馬場の門と看板を見たらさっそく敷地内に入ろう。敷地内に駐輪場があるようで、オッサンたちが軽やかにバイクで入っていく。



 門の脇には露店があり、競馬新聞や飲み物、双眼鏡のレンタルなどをやっている様子だ。




ロイヤルターフクラブ競馬場の競馬新聞



 後のレポートであらためて詳しくやるが、ロイヤルターフクラブ競馬場ではこんな競馬新聞を購入した。タイ語なのでさっぱり分からないが、新聞の名前を直訳すると「深い情報」という意味のようだ。まあ日本の競馬新聞と似たようなネーミングということだな。タイ語の競馬新聞はいろいろ種類があった。10種類はあっただろうか。まあ、いずれにせよタイ語は読めないのでテキトーに一冊購入した。




タイの競馬場の英字の競馬新聞



 またありがたいことに英字の競馬新聞「STAR TRACK」なる新聞も売られていた。これは英語表記で、凡例も載っているためある程度の英語と競馬用語が解せる人であれば、フツーに競馬新聞として使うことができる。とりあえずタイ語はサッパリという方はこちらを購入しておけばOKだ。




Royal Turf Club of Thailand



 さて。そんな形で競馬新聞を入手したら、さっそく敷地内に入ろう。



 入ると駐輪場があり、やはりというか何というか、現国王のラーマ10世の写真がでかでかと飾られている。見慣れない方からするとギョッとするかもしれないが、タイの公共機関にはだいたいこうした写真があるので、珍しいという訳でもないのだが、一応王室系の競馬場なんだよということがおわかりいただけることだろう。




Royal Turf Club of Thailand



 駐輪場を抜けると、スタンドの入口が見えてくる。古い競馬場だと聞いていたのでもっとボロいイメージだったのだが、外壁の塗られ方などを見ている限り、わりとちゃんとした印象だ。まあ王立の施設がボロかったらそれはそれで問題なんかもしれませんな。




ロイヤルターフクラブ競馬場の入場券売り場



 進んでいくと入場券売り場を発見。よく分からんが「50」とでかでかと書いてあるのでどうやら入場料は50バーツっぽい。



 当時のレートで170円くらいということで入場料については日本のJRAばりである。もっとも競馬場の入場料は豪州だと高かったり、アメリカではほとんどタダだったりと国によってかなりばらつきがあるので高いとか安いとかは簡単に言えないんですがね。




Royal Turf Club of Thailand



 さっさと中に入ってしまってもよかったのだが、まだ奥の方にも何かあるようなので、とりあえずウロウロしてみることに。やや無味乾燥な感じではあるが、スタンドに沿って進んでみる。




Royal Turf Club of Thailand



 ふと脇を見ると、馬運車らしき車や馬の通り道っぽいところもある。けっこうな大通りに面した駐車場なんだが、案外オープンに馬が通っているのかな。まあ東南アジア人はそういう細かいところを気にしないのがいいとこなんだけど。




ロイヤルターフクラブ競馬場の入場券売り場



 しばらく進むと、今度は「100」とでかでかと書かれた入場券売り場が現れた。こちらは入場料100バーツの入場券売り場のようだ。おお。これは指定席の類を除けば中央競馬の基幹場より高い設定だ。50バーツの差が何の差なのかが問題だが、クーラーの有無の違いだったりした場合はけっこうでかい。ひとまず100バーツの方で入っておくかということで、100バーツの入場券を購入。




ロイヤルターフクラブ競馬場の入場券



 こちらがロイヤルターフクラブ競馬場の入場券だ。日本のJRAの入場券と紙質などもよく似ている感じ。



 ちなみに、右下に「13 พค 2561」というハンコが押されているが、これは2561年5月13日という意味だ。2561年というのはタイ暦(仏暦)のこと。いわゆる西暦+543年の差があるのでご注意を。この先も写真の中にちょいちょいこの仏暦表記の数字が入ってくるかもしれないが、いちいち解説しないので覚えておいてくだされ。




 さて。歴史の話をしていたりスタンド周りをうろついていたら結構な文量になってしまったのでいったんこちらで切りますが、次回レポートからはいよいよロイヤルターフクラブ競馬場のスタンドの中に入ってまいりますので引き続きよろしくお願いいたします・・・。





<参考>
http://www.asianracing.org/thailand

https://www.rbsc.org/index.php/history

http://www.gamblingstudy-th.org/imgadmins/research_file/2556-Rattapong-horse.pdf

https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Turf_Club_of_Thailand

https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Bangkok_Sports_Club


*いずれも2019年2月24日に閲覧



 



>>ロイヤルターフクラブ競馬場その5へ






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